仕事の『質』というもの その1 このエントリーを含むはてなブックマーク Clip to Evernote

うちの子が通っている保育園の父母会長などというものを引き受けたのですが、そのからみで、日曜日には“杉並区保育園父母会連絡会(仮称)”の学習会に行ってきました。

そこには非公式に区の保育課の方にも参加いただいて、主に杉並区の“保育サービスのあり方検討部会”による報告『保育サービスの新たな展開』にそって、今後の区の保育事業について説明をいただき、かなり踏み込んだ質問、意見交換がなされました。

ちょっとそこで考えたことを、保育の『質』、また保育とは関係なく、僕らの仕事の『質』といった視点から語ってみたいと思います。

保育の民営化への流れは止まらない?

民営化の動きの背景には、おおむね、杉並区の一般会計の1割近い、年間110億円(園児ひとりあたり年間200万円ほど)におよぶ保育事業のための費用(うち一般財源からの支出は93億円)がかかっているという事実があります。

これを多いと捉えるか、安いと考えるかは国家や自治体の戦略次第ですが、現状では、民営化によって経費を圧縮せよという圧力と、そこからうまれる余剰金による待機児解消のための定員増の施策、さらに家庭で育児をしている区民のための一時保育などのサービスの拡充といった方向で、区の保育事業は動いているといったところのようです。

また、今国会で審議中の“就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律案”、すなわち幼保一元施設である「認定こども園」の背景にある、幼稚園の定員割れ傾向の一方で、入れない子どもが多い保育園を統合していこうという流れもあります。

そこでは従来の保育園のように区などが窓口とならず、直接ユーザー対認定こども園との契約となるほか、また設置基準も保育園より比べ緩和されるなど、“自由化”、“市場経済の導入”ともいえる動きも保育サービスの変化の背景にはあります。

疑問なのは、民営化すると1園あたり6,500万円の経費が削減できるという区の試算です。それが、民営化の最大の理由なわけですが、保育園の経営でもっとも重要で、かつお金がかかるのは人件費です。区立保育園の人件費は年齢層が高いこともあるようで、実際、社会保険料の負担も含むと平均832万円/年・人といますから、決して安くはありません。

個人的には公立のままで、人的コストの見直しができない公務員の就労条件こそなんとかすべきで、そうすれば徒に民営化する必要などないのではないかと思ってしまいます。

こうした施策を考える背景には、お金のこと、参入障壁などといった議論はあるわけですが、保育の『質』というもっとも重要なことにはまったく言及されていないところが、恐ろしいところです。

そもそも、国家として人々の働きかたをどう考え、そうした就労を支える保育サービスとはどうあるべきで、保育サービスの存在のよる経済的なメリット、提供すべきサービス品質とそれを支えるコストといったもの、また家庭での育児へのサポートのありかたといった、グランドデザインがないままに、議論が進んでいることは問題です。

民営化とは一口にいっても、実態は自治体によって千差万別

保育の質ということでいうと、もっとも多くの保護者が不安に思っているのは、公立保育園の民営化の動きです。“杉並区保育園父母会連絡会(仮称)”のような集まりがあるのも、そうした背景が後押ししています。

保育の民営化において、もっとも注目を浴びているのは、“光が丘第八保育園民営化対策委員会”にあるケースです。練馬区の光が丘第八保育園では、2005年12月に民間企業であるピジョンに保育園の運営を委託したところ、3カ月間で保育士8人が退職し、さらに園長も交代するなど、混乱の極みとなっている不幸な事例も存在しています。社是に掲げられた「愛を生むは愛のみ」という言葉も虚しく響きます。

普通、民営化というと、かつての電電公社や国鉄のように、職員もそのまま転籍して、経営主体が会社や社会福祉法人となるというイメージですが、保育園の民営化においては、ある日突然、保育士がごそっと入れ替わるというのだから、驚くほかありません。

普通の企業であっても、事業売却などでは従業員も含めて売られていく(言葉は悪いですが)ので、人が持っている事業ノウハウはそのまま継承されます。そもそも、企業が他の企業やその事業を買うというのは、従業員の持つノウハウやスキルも合わせて手に入るから買うのであって、看板だけ買ってもどうしようもないことは、一般の企業で働いている者なら、容易に想像できることだと思います。

さらに、保育園の場合、子どもから見ると、なかば親代わりに毎日接していた保育士さんたちが、ある日一人残らず変わってしまうわけですから、それはとんでもないことです。実際、進級で保育士が1人変わるだけでも、子どもは不安な表情を見せるものです。自分ひとりが転園する場合と違って、すべての子どもが不安に思う事態なわけですから、よい影響があるはずはありません。

また、純粋に経営する側の論理で議論するとしても、仮に民営化する園の経営を受託する事業者の経営者に自分がなると考えてもみましょう。

もし、そこで保育を受ける子どもたち、親たちに対して、きちんとその責任あるサービスを提供したいと考えるなら、僕ならば、もっとも不安に思うのは、適切な保育士を確保できるかどうか、といった点です。仮に個々の保育士は優秀だったとしても、お互いに協力して働いてもらう必要もありますし、単純に保育園とはいっても、いろいろな考え方がありますから、それを適切にディレクションし、組織を統括できる園長以下のマネージメント体制も構築するのは大変そうです。

民営化のプロセスでは、公立の職員と民間の職員が共に働く移行期間などを置いているケースもあるわけですが、いっそのこと、同意した職員については、民間企業なり社会福祉法人に転籍することも条件として考えるべきなのではないかと思います。

民間が悪いとか、公立がいいとかそういう議論ではなく

ここまで書くと、民間による経営が悪いと言っているように思えるかもしれませんが、実際はそうではありません。

うちの子が通っている保育園は、区の認可を受けた私立保育園で経営主体は社会福祉法人です。元もとは無認可保育園でしたが、認可後も30年以上の歴史があり、非常に経験豊富な保育士さんも多く、パートを含めた保育士の人数の多さから、余裕もあり、個々の子どもとちゃんと向き合った、とても家庭的な保育も実現されています。また、給食も旬で地の野菜を中心としたものですし、手作りのおやつが供されるなど、公立の園にはない高いサービスの質を保っているといえます。ほんとうに、この園に入れてよかったと思うことしきりです。

実際、いま乳幼児の子ども達の食事は家庭によっては、レトルトやビン詰めのものが与えられていることも多いでしょう。うちの子の通う園のように、きちんとした素材を調理してあげるということは、昔は当り前だったものの、いまはそうとは言えません。むしろ、きちんとした給食を出そうということを自ら課し、それができることは大きな価値です。そうしたことをどうすべきかというのは、子どもの健康やアレルギーの問題だけではなく、環境負荷などを考えると実は重要なことでしょう。

こうした点については、おそらく公立よりも、意識の高い私立のほうが状況はいいでしょう。しかし、逆に意識の低い私立であれば、より悪い事態となってしまう可能性があります。どうなっているかわかりませんが、ピジョンのような事業者なら、自社が生産する離乳食やおやつを与えたいと考えてもまったく不自然なことではありません。いまは、そうしていなくても、状況が許せば、そうしないという保証はまったくありません。

また、園は同時に保育士さんらにとっての職場でもあるわけですが、見たところ、就労時間も無理のない範囲でシフトが組まれており、非常に働きやすいように見えます。経験豊富な保育士から若い保育士までおられ、その間のノウハウの継承もうまく働いているようです。園長先生らのリーダシップもあり、組織としてのまとまりのよさを感じとることができます。このことは、個々のモチベーションを高く維持し、それぞれが勉強を怠っていないなど、より高いサービスの提供に大きく寄与していると言っていいと思います。

『質』を評価するということ

問題なのは民営化のプロセスにしても、認定こども園の議論にしても、単純に保育士の人数やお金といった定量化できる面だけが判断のよりどころとなっているということです。そうした基準すら満たされれば、せっかく保護者と保育課などの現場が、適切と思われる委託先を選定したとしても、下手をすると議員達の個人的な思惑で委託先の決定が議会で覆されるといったことさえ起こり得ます。また、完全に行政に任せっきりの園や地域では、そもそも適切な判断がされないといった可能性もあります。

本当は定量化すればよい、という問題ではないのですが、『保育の質』という点についても、なんらかの客観的な判断ができるように、定量化する手法を確立しなければならないでしょう。

区などの保育事業は、多くの税金を使っているだけに、単に「質がいいんです」というだけでは、その事業者に委託する理由にはならないからです。

そうした質の評価について、難しい問題はいろいろあるのですが、陥りがちな点として、先の学習会でも参加メンバーからの質問で出ていた例がわかりやすいので、1つ挙げることにしましょう。

保育園の質を評価するための「第三者評価」といった仕組みがあるのですが、そのアンケートによる調査項目として「連絡ノートは毎日書かれていますか?」という設問があったのです。連絡ノートは家庭と園との間で、睡眠や食事などの時間、体温、食事内容といった事実関係から、それぞれに気になったことや子どもの様子を書く自由記入欄があるノートです。件の設問では、ほんの1行でも毎日何か書いてある園のほうが、たまに書かれてない日があっても、基本的に丁寧に書いている園に比べて評価が高くなってしまうという問題を孕んでいます。

民間に対する幻想があるんじゃないのか

いろいろ話を伺っていて思ったのは、公務員の方々には民間に対してなんか幻想があるんじゃないか、ということです。

民間企業にいればわかりますが、いまは本当に人の流動が激しい時代です。光が丘第八保育園の例は極端かもしれませんが、普通に民間企業が経営すれば、そういうことは日常茶飯事になりかねません。保育という事業が人の人生やひいては国家の未来に大きな影響を及ぼすものであって、その責任を負う気概のある事業者はそうそういないでしょうし、それを実現できる優秀なマネージメントなんてそうはいません。

もちろん、民営化が避けられない道だとなると、そういう事業者が育っていくことが欠かせませんから、自治体はもちろん、父母、納税者といったステークフォルダーがきちんと声を挙げていく必要があると思います。

仕事の『質』という点で、自分の仕事に立ち返ってみると……

で、本当は、ここで僕の仕事やその周辺についての、仕事の『質』について書こうと思ったのだけれど、とりあえず、長くなったので続きはまた。

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